掃き溜めに鶴

紆余曲折を経て絵柄を確立。それ以前の絵は…笑ってやってくだせえ 絵 https://raiot.net/electricsheep_n

彼らは優しい世界を目指した

約1名を除いて。

その男は盲目の家庭に生まれた。

兄は全盲だが彼自身は弱視ながらも視力があった。

にも関わらず彼は学費のかからない全寮制の盲学校へと入学させられた。

おいおい盲目になるという可能性はあったが要は早い話が口減らしである。

どの生徒も週に一回は親が迎えにくるなか彼の元に両親が来ることはなかった。

親に捨てられた惨めさや世間から障害者として扱われるコンプレックスと盲目の子供たちの中では比較的目が見える事による羨望を男は不安定に揺れ動いた。

自分が完全に支配できる存在と自分の自尊心を脅かす大きな存在という世界観はこのころ生まれたものだろう。

盲学校という枠の中で彼は「健常者」と名乗る事によって視力に憧れる盲目の子供たちの長として君臨した。

オウムという枠のなかで彼は「解脱者」と名乗ることによって超能力に憧れるだけの青年達の長として君臨した。

でも立ちはだかるのはいつも世間だった。

 

世間という大きな世界では彼は惨めな盲人でしかなかった。

世間という「健常」を滅ぼし

自分以下の存在による社会を作らなければ彼の中で一人の人間として、価値のある存在として人間社会で生きていけないと常に追い込まれていた。

世間は誰も彼を「健常者」扱いしなかったし

誰も彼を「解脱者」扱いしなかった。

 

 

-「自分が解脱したものと空想し

空想を膨らませて

空想の名の下

日本国を支配しようとし

空想の虚言を弄したもの。自己顕示である。

かつての弟子、配下に責任を押し付ける姿は

現実からも目を背け閉じこもっているのである。」

聞きたくない。認めたくない。

世界さえ違えば

誰だって空は飛べる。気持ちよく飛べる。

不自由は無くなる。何も苦しまなくたって済む。

しかし、一つの現実が訪れた。

この世界は、この「現実の世界」は

あなただけのものじゃない。(虚像の神様より)-

 

 

どうにもならない現実に打ちひしがれ壊れた心は老人の殻のなかに閉じこもり続けた。

最後の瞬間に自らを省みる事はあったのだろうか。